シュンラン
里山や丘の雑木林に生える野生ランの一種。ラン科の多年草。(たねんそう・種から芽が出て、花が咲き枯れるまでの一生が2年以上続く植物のこと。多年草は一度枯れても根は生きていてまた芽を出す)
葉は細長く線のような形で、縁にはぎざぎざがあります。春には20センチほどの茎を出して、その先にうすい黄緑色の花が咲きます。花のまん中に赤い斑点(はんてん)がついており、これはホクロとも呼ばれています。
花と花茎はさっとゆでて、酢の物やおひたしにして食べます。ただ、かつては雑木林によく見られたが、最近は観賞用に根こそぎ採られ、数が減っています。
このシュンランについて、「忽ち<たちまち>に芳音<ほういん>を辱<かたじけ>みし、翰苑<かんえん>雲を凌<しの>ぐ (中略) 豈<あ>に慮<はか>りけめや、蘭惠叢<らんけいくさむら>を隔て、琴罇<きんそん>用ゐるところなく、空しく令節を過して、物色人を軽<いるかせ>にせむとは。」という大伴宿祢池主(おおとものすくねのいけぬし)という人が詠んだ長歌(昔の歌の一種)が奈良時代の歌集「万葉集(まんようしゅう)」にあります。
思いがけずかたじけなくもお便りいただきましたが、あなたの文章は雲を凌ぐほどのものですね。(中略)思っていたでしょうか。蘭(シュンランのこと)と惠(シランという植物のこと)のように私たちがくさむらに隔てられるように会う機会もなく、琴も酒樽も使うことなく、空しく良いときを見過ごして、四季の風物が私たちの親しまないうちに去っていこうとは、という意味です。(切ないというか、空しいというか、そんな感じの恋愛の歌でしょうか)
ちなみに広島県の大崎上島町ではこのシュンランのことをじい、ばあと呼ぶそうです。シュンランにしみがあること(花の赤い斑点だろう)からこう呼ばれているそうです。じい、ばあとはおじいさんとおばあさんの意味ですが、うーん、と思う一方、特徴をとらえていると思うのです。この花の花言葉は春の訪れ。まさにその通りですね。